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成長の著しかった戦後型ビジネスモデルに崩壊の危機が訪れている。
戦後型ビジネスモデルを支えたのは、圧倒的なモノ不足型の経済構造である。昭和20年8月15日に日本は終戦を迎えた。無理を承知で始めた戦争は3年8ヶ月に及び、日本の社会と経済を根底から破壊してしまった。
戦後の焼け野原にたつ人々の多くは、住む家も着る物も失った。履物もそして食べる物さえ満足に無かったのである。たかだか60年前の日本は食うに困るような国だった。だから、モノさえあれば、立派なビジネスモデルになり得た。
そうした中、昭和32年に大阪の千林商店街にある店がオープンした。当初は6坪に過ぎなかったその店は、モノ不足の中で豊富な品と安売りでメキメキと売上を伸ばし、昭和55年にはなんと年商1兆円に達した。
流通業としては戦後最大の成長率を記録したダイエーの軌跡である。
経営者は「カリスマ」と呼ばれた。しかし、その人は今は亡く、当のダイエーは産業再生機構の管理下にある。このことは戦後最高のビジネスモデルが、ライフサイクル上の衰退期の終末点にあるということを指している。
ダイエーの危機、あるいはその他の巨大流通産業の苦戦は景気悪化のせいだとする人も少なくない。しかし、統計的な数字だけを見れば、景気は長期にわたる回復基調にある。よしんば、今に倍する景気回復があれば、こうしたビジネスモデルは息を吹き返すのかというとそんなことは考えにくい。
景気は回復しているにも関わらず業績が回復しないビジネスモデルが存在していることは、経済のS字型循環に不連続が発生したことを指している。要するに経済の構造自体が、今までとこれからではまるで異なる性質を持つ可能性が高い。同じ経済の連続であるのに、別種の経済構造に変質したといってもよい。
そして経済の不連続がビジネスモデルの不連続を生み出しているのである。要するに、オールドビジネスモデルとニュービジネスモデルが明確になっており、オールドビジネスモデルは一方的に消滅に向かい、ニュービジネスモデルでは新規の起業者の努力が倍以上の効果として現れている。
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