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講師紹介


内田裕子(うちだゆうこ)

玉川大学で演劇を専攻。卒業後、大和証券に入社。トレーダーとして、エクイティマーケットの第一線で現場を経験。その後、同社の社内TV放送「大和サテライト」のキャスターに抜擢され、広報部へ異動。マーケット情報番組や経営者との対談番組等へ多く出演する。その後、大和インベスターリレーションズで企業IRのコンサルティングを行う。
2000年、財部誠一事務所へ移籍。経済ジャーナリストとしての活動を始める。現在は単行本、雑誌、メルマガ等に精力的に寄稿しながら、TV、ラジオ、講演会でも活躍中。

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 ■第4回
 なぜ原油高でも日本は大丈夫なのか その4
 
 

(1/3)

 柏崎刈羽原子力発電所は柏崎市と刈羽村の両方の地域にまたがっています。
柏崎は古くから海運の町、北国街道の宿場町として発展してきた日本海に面した街。
しかし、なぜ、世界最大の原子力発電所がここ、柏崎刈羽に建設されることになったのでしょうか。

 聞いてみると、なるほど、やはり理由がありました。実はこの地域、明治から昭和初期にかけて、石油開発ブームが起こり、柏崎市や刈羽村など周辺一帯は石油産業で栄えた、という歴史があったのです。柏崎市内には石油精製工場もあったそうで、実はここは古くからエネルギーに関係の深い土地柄だったのです。

 原子力発電所を造るのが簡単ではないのは、言うまでもありません。
まず、さまざまな土地の条件、たとえば、大量に冷却水が必要になるため、海のそばでなければいけないとか、地盤がしっかりしているところでなければいけないとか、安全を確保するため広大な土地でなければいけないなど、さまざまな項目をクリアしなければなりません。そして、なによりも重要なのが地域の理解です。
このように自然的、社会的、経済的条件が一致してようやく原発をつくることができるわけですね。

 その条件を満たしたのがここ柏崎刈羽ということです。原発誘致の話が起こったのは、ずいぶん前のことになります。柏崎市が原子力発電所の誘致を市議会で決議したのは昭和44年3月、刈羽村議会は昭和44年6月。昭和46年には用地買収交渉はほぼ完了していたのですが、1号機が完成し、運転を開始したのは、昭和60年。この時点ですでに計画発表から16年がたっていました。そして最後の7号機が運転を開始したのは平成9年ですので、世界最大の原発が完成するまでに、じつに30年かかっているのです。やはり簡単ではありませんね。

ここ420万平方メートルの敷地内には現在7基の原子炉があるのですが、7基すべてが動いていることはありません。必ずどこかの炉が長期にわたっての定期検査をしています。定期検査は少なくとも100日以上はかかります。私が行ったときには3号機と4号機が定期検査中でした。今回私が見せてもらったのは6号機。最新の改良型沸騰水型原子炉(ABWR)で、5月に検査を終えたばかりの原子炉でした。

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写真撮影/内田裕子

 



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