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暴動。そんな話を聞きながら、ふと天安門事件を思い出した。北京・天安門広場で反政府の学生が戦車でひき殺される衝撃的な映像が世界中に流れた。中国共産党の恐ろしさを目の当たりにした事件だったが、共産党自身にとっても自国民による暴動の恐ろしさ目の当たりにした事件だったのだ。もうあんなことは二度とごめんだ、と思っているだろう。当初は計画的に進められていた反日デモも、制御がきかなくなり、一部が暴徒と化して日本人経営の店を利用不能となるほど破壊し、金庫をこじ開けてしまうのだ。あんな暴動が、数億人いる農民のレベルで起こったら、と思うと中国共産党の危機感も高まるだろう。ましてや北京オリンピック前で世界中の注目を集めているさなかで、そのような恥をにさらすことは、面子がゆるさない。
余談だが、数年前に中国取材中に、あるビジネスマン聞いた話によると、中国では天安門事件の終結はあれでよかったのだという総括のされ方が一般的になっているという。つまり、あの89年の段階で、学生達の言うとおりに民主化要求を真に受け、実行していたら、中国は大変な混乱に陥り、多くの国民の生活レベルはさらにひどいものになっていただろう、というのだ。イラクの現状を見たらその意味がよくわかる。その国にある程度の民度の高さがなければ、単なる民主化は国の秩序を失わせるだけなのだ。
したがって、大変な虐殺だったにもかかわらず、結果的には中国共産党の判断は間違いではなかった、というより、学生達の要求はあまりに時期尚早だったとあの事件は結論付けられている。欧米の最高峰で学んだ北京の学生と内陸部の文盲の農民。同じ国の民としてあまりにも差がありすぎる。この現状に比べれば日本の格差などは一笑に付されてしまう。国家運営とはなんと難しいものか。この話は、民衆が必ずしもいつも正義であるというわけではないのだな、と私に深く考えさせたのだ。
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