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講師紹介


内田裕子(うちだゆうこ)

玉川大学で演劇を専攻。卒業後、大和証券に入社。トレーダーとして、エクイティマーケットの第一線で現場を経験。その後、同社の社内TV放送「大和サテライト」のキャスターに抜擢され、広報部へ異動。マーケット情報番組や経営者との対談番組等へ多く出演する。その後、大和インベスターリレーションズで企業IRのコンサルティングを行う。
2000年、財部誠一事務所へ移籍。経済ジャーナリストとしての活動を始める。現在は単行本、雑誌、メルマガ等に精力的に寄稿しながら、TV、ラジオ、講演会でも活躍中。

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  ■第11回 劇団四季レポート その3:劇団四季が拓いた演劇のビジネスモデル  
 

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 そもそも、劇団四季は1953年にフランスの戯曲からスタートした新劇団だ。台詞を朗朗と聞かせる文学的要素の高い作品を上演してきた。しかし、それは世の中のニーズとかなり違っていた。こういう状況に陥ると「わかる人にだけわかればいいんだ」と開き直ってしまう芸術家が多いが、浅利氏は悩みながらも「これでは食べていけない、みんなが喜ぶものは何かと」考えた。
 そして、辿り着いたのがミュージカルだった。小難しい台詞劇を喜んで鑑賞する観客はまだ日本には育っていなかったのだ。まずは世の中が求めることに応え、自分達のやりたいことは後回しにした。これこそ劇団四季が成長した大きなポイントだったのだ。しかし、フランス戯曲とアメリカ生まれのミュージカル。文学と娯楽。一見するとまったく違ったジャンルのように見える。これは芸術家として葛藤があったに違いないのでは、と浅利氏に聞いてみた。

「私は慶応義塾大学で仏文科にいましたが、大学に残って仏文の教授になる道もあったし、趣味的にフランスの芝居をやっていてもよかった。でも、それを人に見せてご飯を食べていくんだってことになると簡単じゃない。そのときに日生劇場の経営に関わることになった。戦争が終わって18年が経っていましたが、子供たちの心はすさんでいました。子供を豊かにするための事業をやろうということで、四季の芝居を見せたんですよ。そしたら退屈して出てっちゃいました。」

 子供という一番正直な観客に自分の芝居を否定された浅利氏は、これではだめだと考えたという。

「そのころミュージカルというのが流行りだして『ウェストサイドストーリー』なんかを僕らも見ました。これなら子供たちも楽しむだろうと。ちょうど新人だった寺山修司くんに頼んで、アンデルセンの「裸の王様」を脚色して、僕が演出しました。日生劇場で80回やりましたが、子供は非常に喜びました。そこから40何年、ミュージカルという手法を使っていろんなものを上演してきましたが、これを大人にも見せよう、ということになって評判になっていったのです。でもまだ、ご飯も食べられるというには程遠い状況でした。何かに投資をするというにはまだまだでした。」

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