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●役割は終わったな、と思った。
ストラテジストやアナリストの仕事を日本に持ち込み、証券分析を進化させた。年金運用も石器時代から欧米に追いつく段階まで立ち合った。
岡本氏は振り返る。
「自分が立ち上げた年金運用会社で2005年まで社長をやりました。従業員数3人から13年で230人にまで増えました。年金運用では国内・外の投資顧問会社でトップになり、自分の中で、よくここまで来たなっていう達成感も出てきた。でも経営者に達成感が出てくるのは、会社にとって良くないこと。会社がさらに成長していくためには、まだまだ、と思う人がトップにいるべきだ。で、なんとなく自分の役割は終わったなあ、と。」
次のミッションを考えた。日米の大きなギャップのあるところはどこだろうと。
それが個人投資家だった。
「きっかけは、2003年の中頃です。そういえば澤上さんはどうしているかなと思って、お昼を一緒にしました。そのときに『インベストライフ』っていうフリーペーパーのような雑誌を持ってきて、編集委員になってやってくれないか、って。澤上さんとは彼がまだピクテにいた頃から、よく一緒に食事したり、太極拳を共に学んでいた仲でした」
ここで、岡本氏はインベストライフに出会った。
このインベストライフはオフィスサンサーラという出版社が出していた小冊子だった。
出版社社長の大島氏と澤上氏、そしてCFPの伊藤氏らが始めた雑誌だった。岡本氏は編集委員として2003年の秋から参加し、年金の世界から個人資産運用へと意識が変化していった。
「個人の資産運用の世界をのぞいてみたら、やっぱりここも旧石器時代だった。次はこれだ、と思いました。2005年の5月に、個人投資家のための資産運用を手助けする会社を立ち上げました」
最初のビジネスはマンスリー・セミナーだった。毎月、第3日曜日の午後4時間。伊藤氏がパーソナルファイナンスを担当し、岡本氏が資産運用の講義をした。ゲストの講演と自由討論という形式で今日まで熱心な会員を対象に続いている。
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