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講師紹介


内田裕子(うちだゆうこ)

玉川大学で演劇を専攻。卒業後、大和証券に入社。トレーダーとして、エクイティマーケットの第一線で現場を経験。その後、同社の社内TV放送「大和サテライト」のキャスターに抜擢され、広報部へ異動。マーケット情報番組や経営者との対談番組等へ多く出演する。その後、大和インベスターリレーションズで企業IRのコンサルティングを行う。
2000年、財部誠一事務所へ移籍。経済ジャーナリストとしての活動を始める。現在は単行本、雑誌、メルマガ等に精力的に寄稿しながら、TV、ラジオ、講演会でも活躍中。

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  ■第36回
東京ミッドタウン その2
 
 

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 3月30日金曜日、東京ミッドタウンが華々しくオープンした。
三井不動産が六本木の防衛庁檜町庁舎跡地を落札したのは2001年9月17日。したがって東京ミッドタウンは土地取得から5年強で完成したことになるが、これは同等規模のプロジェクトと比較すると異例の速さと言える。都市再生の特例措置がありさまざまな手続きが簡素化されたということもあるがそれだけではない。このプロジェクトは猛スピードで進められたわりに完成度やクオリティが高い。
実はこのプロジェクトは三井不動産が生み出した新たな不動産投資の形でもあるのだ。
三井不動産が元防衛庁跡地を落札した当時、日本経済はまさに最悪の状況だった。地価は下げ止まる様子もなく、金融業界、不動産業界は巨額の不良債権をかかえて息も絶え絶えだった。もちろん三井不動産も例外ではなかった。2003年までに1兆2000億円もの償却をしなければならないほど不良債権は深刻化し、業績は6年連続で赤字を計上していた。いつ経営破たんしてもおかしくないという状況下で、社長に抜擢されたのが岩沙弘道氏だった。
「自分が三井不動産の最後の社長になるわけにはいかない、そう思った」
岩沙社長は東京ミッドタウンのオープン前のマスコミ内覧会で、われわれのインタビューに対して、98年に社長に就任した当時の厳しい状況をこのように語った。
岩沙氏の社長就任から3年後の2001年、三井不動産は防衛庁跡地の入札に参加していた。東京最後の優良且つ、大規模な土地を誰が落札するのか、不動産業界や金融業界の人々が固唾をのんで見守っていた。そこに「三井不動産 1800億円で落札」という驚くべき金額が飛び込んできた。次点の三菱地所よりも、落札価格は500億円も高かったのだ。
「あんな高値で落としていったいどうやって採算を合わせるのか?」
マスコミによる三井不動産叩きが起こった。

写真撮影:内田裕子

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