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当時、三井不動産のライバルである森ビルは六本木の再開発を進めていた。三菱地所も東京丸の内の大規模な再開発構想を発表していた。
「焦った三井不動産が必要以上の高額で落札してしまった」
そのようにマスコミに皮肉られたことを岩沙社長は忘れていない。
「安い値段で落札したならまだしも、国の土地に高い値段をつけて落札してなにが悪いのか。文句をいわれる筋合いはないと思いましたね」と当時を振り返る。そうしたまわりからのプレッシャーがかえって岩沙氏のこのプロジェクトへの思いを強くしていった。
たしかに三井不動産はどうやってもこの土地を手に入れたかった。当時リリースされたニュースを引用してみるとその思いが伝わってくる。
「本計画地は、都心に残された最後の大規模かつ優良な再開発案件のひとつであり、計画の詳細につきましては、今後当社とメンバー会社で鋭意検討を継続し、オフィス、住宅、商業等の複合開発を実施していくこととなりますが、どの用途においても非常に高いポテンシャルをもった立地であると考えており、優良な再開発計画として、国際都市東京にふさわしい、名実ともに「都市再生」の一翼を担うプロジェクトとすべく、総力をあげて取り組んでまいりたいと考えております。」(三井不動産オフィシャルサイトより)
ディベロッパーの社員であるなら、大規模な都市づくりに参加してみたいと思うのは当然だ。しかもそれが東京のど真ん中の土地であるならなおさらだろう。社長の岩沙氏も世界に影響力をもつ都市再生のプロジェクトに取り組みたい、そういう気持ちでいたという。しかし、当時1800億円という金額は確かに現実離れした数字であった。当時の日本経済の状況では、巨額の不良債権を抱えたディベロッパーに1800億円もの融資を実行する余裕がある銀行などどこにもなかった。従来のファイナンス方法ではこの土地の落札は不可能だった。
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