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講師紹介


内田裕子(うちだゆうこ)

玉川大学で演劇を専攻。卒業後、大和証券に入社。トレーダーとして、エクイティマーケットの第一線で現場を経験。その後、同社の社内TV放送「大和サテライト」のキャスターに抜擢され、広報部へ異動。マーケット情報番組や経営者との対談番組等へ多く出演する。その後、大和インベスターリレーションズで企業IRのコンサルティングを行う。
2000年、財部誠一事務所へ移籍。経済ジャーナリストとしての活動を始める。現在は単行本、雑誌、メルマガ等に精力的に寄稿しながら、TV、ラジオ、講演会でも活躍中。

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  ■第38回
ロシア・サハリン2の真相 その1
 
 
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 北海道の北、オホーツク海の海底で取れるものはなにも蟹だけではない。サハリン島北東部の海の底にかなりの埋蔵量の石油と天然ガスが眠っていることはエネルギー業界では常識となっているが、一般的にはあまり知られていないことだ。冬には流氷で一面真っ白となる極寒の海の30メートル下に広がる大陸棚には、現在石油、天然ガスの鉱床が8つも発見されている。それらの開発が順調に進めば、サハリン大陸棚は北東アジアの一大石油、天然ガス供給地域となり、その規模は北海やアラスカに並ぶ世界有数の海洋開発拠点になると期待されている。そしてその中のひとつが「サハリン2」なのである。
昨年の3月、私はテレビの取材で「サハリン2」のLNGプラントを見に行くという貴重な機会を与えられた。そのときの取材した内容をもとに、サハリン資源開発の歴史を振り返って見る。
 日本がサハリン資源開発に関わるようになったのは1973年。この年に起こったオイルショックで危機感を持った日本政府は、中東に大きく依存するエネルギー体制を見直そうと、別の資源供給国を探していた。その時、首相だった田中角栄の訪ソをきっかけにして、シベリアの資源開発の話が持ち上がった。当時日本は高度成長期で安定したエネルギーの確保が必須だった。ソ連は海洋資源開発の資金と技術が欲しかった。その思惑が一致し、1974年日ソ協力事業としてシベリア開発がスタートし、そのひとつとしてサハリン大陸棚開発も動き出したのだ。サハリン島北東部の海底での探鉱が進み77年と79年には2つの鉱床が発見された(現サハリン1)。そのまま採掘へと移行していくはずだったが、80年代に入ると石油価格は暴落。それでなくても海洋資源開発はコストがかかる。サハリンプロジェクトは採算が合わないと判断され、そのまま90年半ばまで棚上げ状態になってしまう。
 しかし、その間、ソ連はじっとしていたわけではない。日本と行った探鉱によって海洋調査のノウハウを身につけたソ連は、単独で作業を進め、84年にルンスコエ鉱床(天然ガス)、86年にはピリトゥン・アストフスコエ鉱床(石油)を発見。これが後の「サハリン2」へと進んでいくことになる。


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