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運用野郎シリーズも折り返し地点にやってきた。
シリーズの前半は、銀行や証券会社を飛び出して、独立を果たし、比較的自由な立場でマーケットにモノが言える立場にいる運用野郎たちにご登場をいただいた。
今回からのシリーズ後半戦は、金融機関の社員でありながら、インベストライフに参加している運用野郎たちに話を聞いていく。
5人目の運用野郎は平山賢一氏。平山氏は1989年に横浜市立大学大学卒業後、大和證券投資信託委託に入社。97年に東京海上アセットマネジメント投信に移籍。入社一年目から今に至るまで、運用一筋で生きてきた生粋のファンドマネージャーだ。
平山氏も他のインベストライフ編集委員たちと同様、その職歴は個性的だ。就職時、ファンドマネージャーになりたい一心で運用会社だけ試験を受けたというが、当時としては、それはかなり珍しいことだったのではなかろうか。
●運用の時代が来ると思った
「そうですね。珍しかったと思いますよ」と平山氏は笑う。
大学では公認会計士を目指して勉強していたというが、実際に職業として考えたとき、監査という仕事は後ろ向きの仕事のように思えたという。企業がやってきたことを細かくチェックする。そういう裏方の仕事は自分に向いていないのではないか、と思ったのだ。
「自分に合いそうな仕事を探そうと、リクルート雑誌を見ていたら、ファンドマネージャーという仕事が目に入った。一企業に入ってしまえば、見えるのはその業種だけ。でも、ファンドマネージャーは各業種を見渡す仕事。これは自分の好奇心を満たしてくれそうだと思いました。しかも、リサーチのために会社訪問する時には、その会社の役員や、社長にも会えると書いてあった。これは面白そうだ、と思ったのです」
さらに続いた文言が、ファンドマネージャーになりたい、という平山氏の思いを決定付けた。それはこのような内容だった。
アメリカでは「投信会社」は「人」。投信を売らせてもらって手数料を稼いでいる「証券会社」は「飼い犬」だ。ところが日本では「証券会社」が「人」。そこに「飼われてる犬」が「投信会社」だと。しかし、この状況は近い将来には逆転し、運用の時代がやってくるのだ。と、いうようなものだったという。
「これはフィット感がありました。運用が重要になってくるというのは自然に想像ができました。だったら、投信会社が「犬」のうちに入っておいたら、こんなお得なことはないなと思いましたね」
そうして、投信会社を数社受験し、ごくわずかしかなかった採用枠に平山氏は見事に収まり、彼の運用歴が始まった。
写真撮影:内田裕子
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