■最初の出会いが成否を分けた
神戸市長田区は震災で大きな被害を受けたと聞いておりますが、あの震災の少し前、この辺りにクレーム処理に行ったことがあります。
問題は、「カメラを修理に出したのに直っていない。再度出したら高額な修理料金を請求された。一体どうなっているんだ」と、社長親展のお手紙を戴いたからでした。
十数年前のその朝は、風花が舞うような寒い日でしたが、朝の九時ちょっと過ぎに山電本線のひなびた駅に降り立ちました。既に通勤通学の人並みは途絶え、大きなアーケードを冷たい風だけが吹きぬけていましたがアーケードを抜けて暫く歩いた辺りにお客様宅があるはずです。
修理票に記された住所と名前を頼りに探して行きますと、お客様宅は資材置き場になっている広場に面した一戸建ての古びた二階家でした。庭も垣根も無く、広場から直ぐに玄関なのですが、そこは、広場を吹きぬける風と埃がまともに吹きつけていました。
約束の10時までにはまだ、時間があるので再度、アーケードに戻り、商店街を歩いてみましたが、まだどこのお店も開いていません。しかし、あまりにも冷えるので用心の為に持ち歩いていた使い捨てカイロを出して腰のベルトに挟みました。
■5分前に電話を入れたのだが
ちょうど10時5分前に公衆電話からお客様宅に電話を入れました。すると、直ぐにご本人らしき方が電話に出られましたが、「なんで来たんや?車は止められないぞ。いま、どこにいるんだ?」と、ぶっきらぼうに言います。「いえ、歩いてきております。これからお邪魔させていただきたいと思います」 と答えて、電話を切りました。
約束の10時ぴったりに合わせるため、時間調整をしながらゆっくりと歩いて先ほど確認した顧客宅につき、玄関脇についている、アンサーフォンのボタンを押しました。「家の中でピンポーン!」となっているのが聞こえます。小さな家ですので、家中のどこにいてもその音は聞こえるはずです。しかし、何の反応もありません。
僅か5分前に電話をして在宅であるのを確認し、これから伺いますと伝えたのですから、何か返事くらいしてもいいと思うのですが、何の返事もありません。
もう1度、ピンポーン!とボタンを押してみました。確かに家中になり響いているのが外まで聞こえてきます。「あれ、おかしいな? どうしたのかな? トイレにでも行ったのかな?」トイレだったら悪いから、ちょっと待とうかと、暫く、間を開ける事にしました。既にコートを脱いでいますので、広場を吹きぬける寒風が身に沁みます。しかし、こういう場合、どこから誰に見られているかも解かりませんから用心も必要なのです。
ほとんど直立不動のまま、コートとカバンを持って何分待ったでしょうか?3分だったか5分だったか?随分長く感じましたが、背中の使い捨てカイロがようやく温かくなりはじめ、負けるな負けるなと私の背中を後押してくれます。
もう、そろそろいいだろうと、もう1度ピンポーン!とボタンを押してみました。しかし、何の返事もありません。おかしいな、さっきまで居たのにどうしたのかな?あまりピンポン鳴らして「うるさい!聞こえてるわい!」などと叱られてもいけないと思い、それではと、思いきって引き戸に手をかけて、「おはようございます・ガラガラガラ」と玄関を開けました。
■目の前にいて居留守を使うとは
すると、なんと、直ぐ目の前に、ご本人がコタツに入って座っているではありませんか。玄関といっても小さなたたきがあるだけで、座敷と玄関を仕切る障子もありませんから玄関の戸を開ければ直ぐに、居間になっているのです。私も一瞬どきっ!としましたが、「おはようございます、○○カメラの川田です。朝早はやくから、お騒がせして申し訳ございません、お邪魔致します」などと玄関に入ると、本人は慌ててコタツの反対側に移動して、「どうぞ、どうぞ、ご苦労さま。どうぞお上がり下さい」と座蒲団を薦めてくれました。
座蒲団を外して正座をし、今回ご迷惑をかけている事に対して丁寧にをお詫びをしました。「まあまあ、遠いところをご苦労様ですね」などと言いながらもお客様もだいぶ緊張しているように感じます。
最初の展開にいやな予感を感じながらも、ふと、脇の玄関を見ると、スリガラスですから、外を通
る人の影がはっきりと写ります。ということは、先ほど私が外に立ってピンポーン!を押していた様子は影としてよく見えていたはず。それなのに、ご本人は黙って、私がどう動くのかを家の中から観察していたのでしょう。
全く持って油断ならない相手ですが、この時のクレーム処理は、この最初の私の態度で解決していたと言っても過言ではないのです。お客様はその後のお話の中で、私が寒空の下、コートを脱いで直立不動でじっと辛抱したことを評価してくれて、それ以後、私の発言を信用し、問題を解決へと導いてくれたのでした。
クレーム処理では、相手に見えないところでの態度、行動までもが機先を制すことにつながりますので油断は禁物です。そのためには使い捨てカイロを使うなど、それなりの用心もお忘れなく。
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