■霊を撮る
前回、相談室長が「カメラのシャッター音が大きいって、一体どういうことなんですかね?カメラのシャッター音というのは、大体こんなものなんですけどね」と実に明るく切り出したのですが、この専務「いや、このカメラはシャッター音が大きいから、危うく命を落とすところでしたよ。これは、明かに、PL問題ですし、欠陥品ですよ」などと言い出しました。
「PLっていいますけど、専務さんは何を撮っていらっしゃるんですか?」と聞くと、「霊ですよ。霊を撮っているんです」「この間は、ハワイのマウナケア山へ霊を撮りに行ったら、シャッター音が大きいものだから、先に霊に気付かれてしまって、シャッターが切れ終わらないうちに霊が襲ってきて、危うく命を落とすところでしたよ」などと、すました顔で言っている。
「今年の春は九州の宮崎県の、ほら、きつねで有名な○○山にきつねの霊を撮りに行ったんですがね、この時はマニュアル機を持って行ったんでうまく撮れたんですよ」「九州の○○山、ご存知ないですか?狐ですよ。狐。大昔から狐で有名なんです」などと、白々しく言いながら、突然声色を変えて、「ほら、そこ、そこ。あなたのそこに、そこです!大きな狐がいるでしょう!見えますか?ほら、そこですよ!」と私が座っているすぐ脇の辺りを指差して声を潜めるのです。「まるまると太って、ほら、いるでしょう。なんで太っているかわかりますか?」と手振りまで入れてくる。「ムムムム……」「人間の血を吸って太っているんですよ」
と、専務は本当にまじめな顔をして言っているが、狐でも乗り移ったのか目つきが変って来たようにも見える。
私は、緊張して喉が乾いてきたのですが、気持ちが悪くて先ほど出された麦茶に手が出ません。しかし、さすがは大物の室長、平気な顔をして、ごくごくピチャピチャと氷までなめています。こんな、バカげた話を真昼間から、黒のダブルを着た立派な紳士が平然と言っているのですから気味が悪い。「俺たちは、小僧っこじゃないんだから、いい加減な事を言うな」と思いながらも、私は気が小さいので何となく気持ち悪くて、「こんな所さっさとケリをつけて早く帰りたい」と思うのですが、室長はなんだかんだと質問したりしてカメラの引取りを拒んでいます。
■女社長の登場
そのうちに、社長だという60歳近い婦人が顔を出しました。歳はいっているが、品もあるし、何よりシャキッとしている。「あなた、何をやっているの!お客様を、こんな所で。どうぞ、どうぞ、あちらへどうぞ」と、社長は、今いる和室とは反対側にあるらしい、応接室らしき部屋へ案内する。
社長にうながされるままに、部屋を出て、さっき通り抜けた事務所へ入ると、さっきまで働いていた4、5人の社員は何処かへ忽然と消えてしまい誰もいません。ただ、コンピュータの画面
だけがチラチラしています。まだ、終業時刻には早いし、3時の休憩時間でもなさそうに思うのですが、誰もいません。
案内された応接室は、東南アジア風の黒光りする彫刻やお面、衝立などが飾られ、南国の観葉植物が置かれているうえに怪しげな香がたかれていて、船酔いしそうな気分です。いや、さっきの部屋よりもっと気持ちが悪い部屋です。室長と2人でなかったらさっさと逃げ帰るところです。しかし、女社長が登場すると、専務はもう全く借りてきた猫。小さくなって黙っています。
社長の話を聞けば、専務と2人で日光へ温泉旅行に行くことになって、この専務、社長にいいとこ見せようと会社の経費でたくさんカメラを買ったようなのです。しかし、出来た写
真を見たら、コンパクトカメラよりひどい写真ばかりで、社長から 「これ、安いコンパクトカメラの方が良く写
るんじゃないの?」 と言われて、思わずびびっちゃって、なんとかこのカメラを返品しようと企てたらしいのです。
社長が出してきた写真を見ると、どれもへたな写真ばかりです。逆光でも平気で撮っているし、お寺の山門の下や、庭園の日陰などでは社長の顔がどれも真黒につぶれています。高性能のカメラなのだから、プログラムモードで撮影すればうまく撮れるものを、わざわざ、マニュアルに変えて撮ったものだから、どれも失敗です。
ということは、この専務、本当に「霊」を撮っていたのかな?霊を撮るのと同じ要領で社長を撮ってしまったから失敗してしまったのか?でも、社長を「霊」と一緒にしたらねえ??まあ、解からないこともないという気もしましたが。
■教訓
カメラを引き取れという話はどうなったかというと、社長に、カメラに欠陥は無いことをとくと説明し解かっていただきました。女社長のお出ましでなんとか話はついたのですが、もし社長が出てこなかったらあの専務、一体どういう風に解決するつもりだったのだろうか?
私はCS教育で「お客様は嘘をつきません。お客様の言う事を信じて対応してください」とよく言うのですが、たまには、紳士の中にも嘘をつく人もいるという事例としてお話させて戴いております。
「えっ!あの専務の言ったことはほんと!? 嘘でしょう?」 |