■「小さな愛社精神」が問題を大きくする
大型自動回転ドアにはさまれて子供が亡くなる事故が発生しました。調べが進むうちにわずかの期間に30数件もの事故が発生していた事が判明します。何故、30数件も発生しながらこの問題を放っておいたのでしょうか?
ドアにはさまれて腕を骨折した少女のお見舞いに行ったビル側担当者は、「こういう事故は初めてです」と答えたといいます。これは古い体質の企業の社員が使う常套句です。
つまり、「小さな愛社精神」で社員が会社をかばうのです。ユーザーの身体生命に関わるような事故についてさえこうですから、その企業の実態は計り知れないものがあります。この小さな愛社精神が企業の存亡を危うくするのです。
■事故は想定されていた
大型自動回転ドアに「はさまれる」という事故は、開発段階から容易に想定されていたものでしょう。これはセンサーをいくつもつけている事からも判ります。このセンサーが正常に働けばドアは止まり、挟まれないか、はさまれても問題は起きないつもりで設計したはずです。
しかし大きく重いドアは、急制動が掛かっても直ぐには止まらず、はさまれたらダメージは小さくないと想像されますが、では、はさまれても危険はないとの判断はどのように下したのでしょうか?
■テスト方法は適切だったのか?
挟まれる可能性があるならば、技術者は実際に自分で確認してみる。自分で実際にはさまれて痛みを知るべきです。また、ドアの利用者はどんな人達か?様々な人達のための各種テストも当然必要であることはごく普通の常識で判ります。「2、3歳の子供1人は想定外」というような事は通用しないと思うのですが…。
その結果、開発製造段階のテストでは、どんな人でも、はさまれてケガをする事は無いと判断されて実際に納品設置されたと考えられます。しかし、事故が起きたという事は、テスト方法が適切ではなかったか、設置方法が適切でなかったという事でしょう。
一体何に基づいて決めたテスト方法だったのでしょうか?もし、従来製品と同じ方法のテストに合格したからOKとしているようなことがあればそれは大きな間違いです。新型製品にはその製品にマッチしたテスト方法が採用されるべきなのですが、テスト方法が厳しくなると今度は生産数量が上がりませんからどうしても製造と品質保証が天秤に掛けられ安易な方向に流されるのです。
■事故の第一報を大切にする
それにしても救急車で運ばれるような事故を知ったなら、それは改めて設計に問題はないのか、テスト方法が適切であったのかどうかを再検討すべきです。もし、ビル側から事故の通知が無いならば、本当に事故は無いのか、開発者自身が現場に赴いて事実を確認すべきです。
技術者は自分の仕事に自信を持つ事は大いに結構ですし、自信のある仕事をしてもらわなければ困るのですが、しかし、ユーザーはどんな使い方をするかわからないという事に対する畏れを持つことがとても大切です。技術者は「90%の自信と10%の畏れ」をもってユーザーの意見に耳を傾けることが重要なのです。この場合、設計者はユーザーではなくクライアント(ビル側)に耳を傾けていたのではないでしょうか。
■安全と商売を天秤にかけるな
しかし、この段階になると技術者がいくら問題を提起したとしても、今度は「商売」と「安全」が天秤にかけられます。例え技術者が、「安全検証が不十分だったのではないか」と気づいても、それを声高にして安全対策云々を言い出せません。それはビル側からの返品につながり会社はつぶれてしまうかもしれないからです。
営業からは「いまさら何を言ってる、余計なことは言うな」ということになって、全員が押し黙ってしまうのがサラリーマンの世界なのです。
■情報を、フィルターをかけずに伝える
数年前、東京都町田市にオープンしたビルの正面入り口に今回事故を起こしたと同じような大型自動回転ドアが設置されました。保安スタッフがつきっきりで、案内していましたが、来客数も多く、入るタイミングも難しくバサッ!バサッ!という感じで、ちょっと怖いなあと思っていました。
昨日久しぶりに行って見ると大型自動回転ドアは普通の両開き自動ドアに改修されていました。もう大分以前に改修されたようです。
どんな理由で回転ドアを普通のドアに改修したのか知りませんが、なにか理由があったことは確かです。同じメーカーのものかどうかはわかりませんが、ドアのメーカーでしたら、こういった情報を知らないという事は無いはずです。
そして、こういう事実を知った部門は、その情報を社内の関係部門にフィルターを掛けずにきちんと伝えることが最も重要であり、情報に対して会社全体が速やかに動ける体質でなければならないのです。
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