1.「景観」という言葉の誕生
「景観」という言葉は、20世紀初頭に、英語の「Landscape(風景)」、ドイツ語の「Landschaft(土地性)」の訳語として誕生しました。このもともとの言葉自体は、オランダの風景画家が使い始めたとも言われています。地理学における学術用語として、「ある場所を特徴づけている、視覚的にひとまとまりとして取り出すことのできる諸々のものの集合というべきもの」を指すものとして、「地域」とほぼ同義に使われました。
これが特定の地域の景色、外観といった意味で一般的に使われるようになったのは、都市計画家や建築家が使い始めてからのようです。G.エクボ著『景観論』のLandscapeについての訳注にあるように、「風景」は相対的に主観的な意味で、「景観」はより客観的に地域の特性を表現するものとして使われるようになりました。
2.景観とは
前掲書で、Landscapeとは「全ての物理的要素−大地、水、大気、建物、樹木、道路、車−のみならず、人類学者や社会学者が文化と呼ぶところの、慣習、法、伝統、許可、禁止、態度などすべての社会的パターンを含む」ものであり、「物理的景観は自然と人間文化が様々な割合で結び付けられる過程の産物である」とされています。
景観については、土木工学、建築学、環境学、心理学、生物学など様々な分野からのア
プローチがあります。現在の日本では、「景観とは人間をとりまく環境の眺め」(中村良夫著『土木工学体系13 景観論』)であり、その見る対象とそれを見る人間との相互関係のうえに成り立つ、視環境に重点をおいた概念である、といった認識が一般的なようです。
3.景観行政とその経緯
景観行政とは、人間的に好ましい景観づくりを扱う行政のひとつです。1919年に制定された「都市計画法」「市街地建築法」で「美観地区」という言葉が登場したのを始めと見る向きもあるようですが、現実的には、公共空間の破壊に目が向けられ、美観の創造、維持のための動きが始められた1960年代以降と言うことができます。
景観行政は、1973年に「歴史的景観都市連絡協議会」が京都・金沢など13市によって設立されるなど、もともとは地方自治体のイニシアチブで始まり、その後、国も関心を示して、各種のモデル事業が設けられるようになりました。
そうした状況下で、徐々に古い集落やまち並みに観光客などの人気が集まるようになり、歴史的、伝統的な街並みや田園景観などの保全が一般にも注目されもようになりました。公共空間の美観が地域住民の財産であり、その活用次第では収入の源泉ともなりうることも理解され始め、そのための経済負担などの必要性も徐々に認識されるようになりました。
現在、3,234市町村のうち、約1割の市町村が景観条例を持ち、地域の環境を構成するもの。
を広く歴史資源ととらえた保全や活用が図られています。積極的に条例を定めている神戸市、地区別に指導方針を定め建築指導や市民協定、関連公共事業による実質的な景観づくりを進めている横浜市、京都市では「京都市自然風景保全条例」を制定し開発に制限を設け、全国で初めて景観保護条例に懲役刑を課した京都市などは、多くの注目を集めました。また平成に入ってからは、広域自治体である都道府県での取り組み(平成11年度末現在で14県)も加わり、景観によるまちづくりは今や全国的な展開を見せ始めています
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