1.バイオエシックスとは
「バイオエシックス(Bioethics)」とは、「いのち、生き物」を意味する「ビオス」と、「習俗、倫理」を意味する「エシイコス」というギリシャ語に由来する合成語で、「生命倫理(学)」と訳されることもあります。「バイオエシックス」という言葉は、1970(昭和45)年頃にVan
Rensselaer Potterが使ったのが最初と言われています。
「バイオエシックス」は、1960年代後半から形成されてきた、全く新しく統合された学問分野で、様々な研究領域の枠を超えた学際的な協力により、「いのちの問題」を総合的に考えるものです。一般市民による草の根人権運動がその基盤にあります。学問としては1970年代の米国で成立し、個人的価値判断や社会・公共政策に関する研究と実践を展開しています。
しかし日本においては、専門家だけが主導権を持ち、文化の違いを無視して外国でできたものをそのまま日本に当てはめるといったかたちとなっており、問題視されています。学問分野としての認知度、意識も低い段階にあります。
2.バイオエシックスの背景
かつて医学は、専門の医師とその知識に基づくもので、患者はただ言いなりになるだけでした。しかし、1950年代後半から1960年代の初めにかけて、米国で人権や自然を守るための社会的運動が広がり、その中で、自分のいのちを自分で守り育てようというバイオエシックスの運動が出てきました。
20世紀後半に入り、科学技術、生物学・医学が急速に発達すると、これまで人間にとって「自然な」出来事であった「誕生」と「死」を、技術的な操作の対象とする可能性がでてきました。脳死、臓器移植、遺伝子組換え、体外受精、ホスピスなどをめぐるバイオエシックスの議論は、科学技術中心の医療で見失った人間性の回復に大きく貢献しました。
しかし1990年代に入ると、ヒトゲノム解読、遺伝子診断・治療、クローン技術、ES細胞研究など、新たに医療そのものを根本的に変える可能性のある技術・研究が進められるようになりました。こうした状況下でバイオエシックスも転換期を迎え、新たに地球規模での生命観、人間観の創出が求められるようになっています。
3.バイオエシックスの研究領域
バイオエシックスの研究は、大きくわけて次の3つの領域を設定することができます。
(1)いのちの初めに関する問題
生物・医科学実験および人間生命の始期をめぐっての諸問題、例えば、遺伝子操作、人工授精、胎児実験、体外受精、胎児の保護、妊娠中絶、遺伝相談、人口政策、などに関する諸問題を扱う領域。
(2)いのちの質をめぐる問題
人間生命の質の向上をめぐっての諸問題、例えば、自然、社会、環境と生命、生命権・健康権・医療・保険と財政・法律・政治・経済の構造・治療と看護、人工臓器とその移植、生物・医科学専門家・医療従事者・患者・被験者を含む倫理基準・指針、歴史・伝統・文化・社会・宗教・教育とバイオエシックス、などに関する諸問題を扱う領域。
(3)いのちの終りをめぐる問題
人間生命の終期をめぐっての諸問題、例えば、死の判定の再定義(自然死・尊厳死などの立法)、ホスピス等における死期の看護、植物状態人間、延命装置の使用とその停止、安楽死、医療辞退、などに関する諸問題を扱う領域。
4.バイオエシックスの考え方
バイオエシックスの考え方の基本原理(Principle)として、以下があげられています。
(1)自己決定(Autonomy)
(2)善を行う(Beneficence)
(3)公正(Justice)
(4)平等(Equality)
(5)無害(Non Maleficence)
さらに1990年代に入り、これらの諸原理を前提として「人間たるべき徳目(Virtue)」(誠実、正直、同情、患者の心や身体の苦痛への共感など)に基づくバイオエシックス理論も構想されました。
但し、「(1)自己決定」に関連して、バイオエシックスが提示する「倫理」について疑問の声がないわけではありません。例えば一部の研究者は、人格のないヒト、例えば胎児や乳児、重度の知的障害者や不可逆的昏睡状態にある人については、その生命を抹消することは倫理的に正しい場合がある、といった主張をしています(「パーソン論」)。こうした考え方は、障害者の生きる権利の保障との矛盾、ナチズムの頃に行われた「安楽死」や、日本における「優生保護法」による強制的な不妊手術等を想起させるものがあると危惧する声もあります。また、近年形成されつつある「動物の福祉」という考え方とどのように両立するのか、といった問題もあります。
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