ダイレクトメールというと、どちらかというとマイナーなメディアのイメージがあったのですが、私の皮膚感覚では十万通、百万通単位でやる会社が以前よりも増えているような気がします。毎年電通が発表する広告統計を見る限りではここ数年落ちているように見えますが、これは2001年ごろにマイラインの大量告知があったため、この年だけ急激に伸びているからです。
依然として、日本の全広告費のうちの6%程度を占めます。さすがに、テレビや新聞などとは比較にはなりませんが、ラジオが3.2%、折込が8.1%、毎朝通勤時におなじみの交通広告が4.2%、そして顕著な伸びを示しているといわれているインターネット広告でさえ2.1%です。しかもDMの広告費は郵便料金しか含まれていませんが、他のメディアは制作費なども含まれているので、実際にはもっと大きな金額が動いていると思われます。
また、郵便局から送られてくるものの他に、ヤマトのメール便という方法もかなり普及してきており、両社の間ではすさまざじい競争が繰り広げられています。長く続いた不景気の中では頑張ったメディアなのではないでしょうか?
確かに、電子メールの普及などによって郵便の相対的価値が下がったりして伸び悩んでいるとも言えます。しかし近頃ではインターネット利用者の伸びが止まっているのも事実で、インターネットマーケティングの方も「インターネットマーケティングはネットだけでは通じない」ということを意識される時代になりました。
■ダイレクトメールは手紙である。
最近、ダイレクトメールの方法については見直しがなされているように感じます。90年代はDMを乱発する傾向にありました。とにかく手元にあるチラシをどんどん送れと。それまでダイレクトメールはリーチ単価が高いメディアであるので、1通1通丁寧につくることが要求されました。しっかりと資料請求対応などレスポンスまでの流れを組み、そして毎回のDMでは「テスト」というものが行われました。レスポンスという顧客の行動を獲得するのはそう容易なことではありません。レスポンスというのは住所や氏名を記入したりと、かなり面倒くさい動作を顧客に要求するためです。そのため、封筒、挨拶状、ブロシュア(パンフレット)、レスポンスシートには、レスポンスへと誘導させるためのさまざまな工夫がなされました。さらにあて先となるデータベースづくりも手間をかけました。ひとりのお客様に何通ものDMがいかないように、名前に間違いが無いか、欲しいと思ってくれそうなお客様に届けることができるのか?時間をかけてプランを練ったものです。
しかし次第にそうした方法は「面倒な方法」としてみなされるようになりました。確かに、ダイレクトメールというのはとても面倒くさいメディアです。ひとつのメッセージを送るのに、郵便物という小さなスペースの中に、たくさんのことを盛り込まなければなりません。単純に制作物という観点からしても、制作点数の多さはマスメディアの非ではありません。そのためか、広告のプロというよりも、日頃パンフレットなどを作っている人達の方がDM作りは得意なようです。
その他、データベースのこと、クリエイティブのこと、印刷技術のこと、それもコンピュータと連動した印刷技術のこと、封入作業のこと、郵便料金のこと、あらゆることに関わります。私がこの世界に入ったとき、「ダイレクトメールはマスメディアの6倍面倒くさい」と教わりました。
ダイレクトメールを認知のためのメディアとして考えると、一通あたり150円も200円もするのはあまりにも高すぎます。これがテレビやら新聞やらではひとりあたりの到達コストは1円〜2円程度です。このひとりあたりの到達コストとは、広告料を視聴率から算出される推定視聴者数、あるいは発行部数で割ったものです。
外資系企業などでは、日本法人に本国で有効なDMを行うよう指示がくだるケースが多いようです。欧米ではDMをやるのはある意味当たり前のこと。アメリカではDMは全広告費の20%も占めます。それだけ重要なメディアをどうして日本では行われないのか不思議でならないそうです。しかし日本の企業はDMの経験が浅いため、そうした意図を解することなく、どうしてもマスメディアと同じ感覚で、ばらまくことを優先させてしまいます。
言葉ではDBだのワントゥワンだのと言われますが、まず、ばらまくことを考えます。そうすると効果は当然薄くなるわけです。DMの命であるテストもしません。だからますます悪くなります。悪くなれば次はDMの単価を下げることを考えます。そうするとお客様の手元にはスカスカなDMが届きます。いろいろな郵便物にまじって、中には大切な人から送られた手紙に混じっていることもあるでしょう、そうするとスカスカなDMは受け取る人にとっては大切にされていないように、かえって悪い印象を与えてしまいます。
「DMをやったけど全然うまくいかなかった」、という企業には決まって以下のような共通点があります。
1) スカスカなDMをばらまくこと
2) テストをおこなわないこと
両者ともに、「DMは手紙である」という本質を忘れてしまった結果に他なりません。 では「DMは手紙である」、とはどういうことなのでしょうか?
■あらためてDMは手紙である。
この言葉はDMについて語るとき、何度となえてもバチがあたらない言葉でしょう。
あるドラッグストアはそれまでのスカスカなDMからそうでないものに変えました。それまで折込チラシのようにどちらかというとカタログ風であり、できるだけ多くの商品を掲載しようとしました。しかしこうすると決まってDMには重量制限があるので、できるだけ薄い紙で印刷をします。見るからに安っぽいものになります。そうではなくて、ひとつ、2つの商品をじっくりと解説する形式にしました。そうするとその商品の売上が250%にも、500%にもなったのだそうです。
DMというのはいかに大量に印刷されていても、やはりその人に来たものなわけです。「大量に印刷されている」、といっても、同じ予算では、折込の10分の1〜20分の1しか送ることができません。そこには、マスメディアとはまったく異なる性質があるわけです。
私が研修をやっていたときに、DMについておもしろ感想を述べる人がいました。「私はこの人よりもこの電気店でたくさん買っているのに、どうして同じものが送られてくるのでしょうか?」「私はこの会社は好きなのだけど、いつも要らない情報が送られてくる。もっと自分の興味にあるものをしっかりと伝えて欲しい」
これはDMの本質を突いたものといえます。DMはあくまでも、出来る限り、「あなただけの情報」を送るものとすべきです。そうするとDMには売る側の感情や問いかけを載せる必要が出てきます。そうなると通り一遍等の情報ではなく、あくまでも顧客への手紙である、というスタンスを貫き通すべきなのです。もちろん、この「あなただけの情報」を送るのには技術的に限界がありますが、基本的なスタンスとしてそうすべきである、とうことです。
そうなると当然、表現方法も通常の広告とは異なります。商品の自慢をすることよりも、買う人にとってどのようなメリットが生じるのか?が重要になります。
これをオファーと言いますが、DMではとても重視される要素です。顧客への手紙である、というスタンスを貫き通すとなると、とことんその人にあったものを送り届けなければなりません。その方法としてテストという方法が行われます。元々ダイレクトメールのベースとなるダイレクトマーケティングには平均値という概念がありません。だから市場動向とまったく正反対の結果をもたらすこともあります。
これは私も何度も経験しました。ある商品では市場では「40代の男性が買う可能性がある」と出ました。しかし今や20代後半以上の女性だってバリバリと働きます。おじさんと同じ傾向・悩みを持っているかもしれません。そう思ったらまず、DMは考えられるターゲットすべてをテストしてみるべきなのです。
テストはターゲットだけではありません。どんな特典が良いのか?どんなタイミングで送るべきなのか?どんなメッセージを送るべきなのか?すべてテストの対象となります。方法AかB、どちらがいいか分からない、こうした場合、マスメディアでは、少しでも平均像に近い方法を選択します。しかしDMは両方やるのが鉄則です。一見無駄に見えますが、その方が総コストは下がります。日本だけでなく、世界中でダイレクトメールをやっている人たちが皆異口同音にしてそう言うのですから、これは間違いないでしょう。
■映像だって送れる、いろんな可能性
さて、ダイレクトメールも新しい技術と密接な関係にあります。私がこの世界に入った頃、「パーソナライズ印刷」というのがちょうど駆け出しの頃でした。パーソナライズ印刷とは、データベースに収録されている情報を参照しながら、コンピュータによりひとりひとり異なるメッセージを印刷するものです。皆さんがおなじみのものでは模擬試験の結果レポートがあります。あれは皆同じ情報を印刷しては大変なことになります。
例えば保険会社からのDMには何故か保険料率表の一覧が掲載されていますが(法律上そうしなければならないのかもしれませんが)、多くの人にとっては自分の年齢、自分の性別、自分の家族構成の保険料だけが興味のあるところであるはずです。
あるいは、ある化粧品会社は肌診断を行い、その結果を顧客に送って商品購入のヒントにしてもらっています。化粧品もその人その人で肌の性質が異なるので「自分だけの情報」に価値が出てくるわけです。このパーソナライズも、元はといえば、「手紙」を追求するためのものです。本来ならばひとりひとりに「手書きで」、お手紙を書きたいのだけれど、お客様の数があまりにも多いと手書きには限界があります。手書きの効用は最近では至るところで感じられているようで、自動車ディーラー、美容院など顧客と密接に関わるお店ではよく見られるようになってきました。
しかし顧客の数が1000も1万となると話しは別です。私の経験では、顧客名簿を人的作業で扱えるのは300が限界。それ以上になるとどうして顧客とのやり取りで漏れなどが生じます。だからデータベースが必要になり、だからパーソナライズ印刷が必要となるわけです。
さて、DMにはその他にもいろんな革命がおきています。数年前にカード型のCD−ROMが出たことで、「定形封筒の大きさでも、ハガキの大きさでも音が送れる」ことが話題になりました。
そして最近では電子透かし技術を印刷したものを送ることだってできます。この技術を使えば、DMを受け取った人はその電子透かしを携帯電話のカメラで撮影し、サーバから映像を呼び出すことができます。タレントにひとこと言ってもらったり、サンプルの映像を送ったりすることができます。しかも、ビデオやDVDを送るよりも安上がりです。この技術は現段階では冊子モノに使われていることが多いようなのですが、DMに使うとより表現力豊かな、「手紙」を作っていくことができます。
http://www.picture-plus.jp/top.html
■DMはメディアなのか?
ところで、DMは果たしてメディアなのでしょうか?前述のとおりメディアとしてとらえるととても高いものになります。しかしひとりひとりの「お客様との対話を作るもの=営業の代わり」として考えるととても安くなります。…とするとDMは広告宣伝部が主体となるよりも、営業部門が主体となって実施した方がうまくいくのかもしれません。何しろDMが営業マンの分身となって働いてくれるのですから。
営業マンからするとからだはひとつしかありません。幾つものお客様のところへ丁寧に訪問しようと思えば思うほど、効率が悪くなるというジレンマに陥ります。それを助けてくれるのがDMという位置づけることです。実際に、DMは営業本部のようなところで扱っている場合もあります。また、広告宣伝部門から営業部門へと橋渡しする役目として機能させるとうまく行くようです。
マスメディアは元々、伝えるのが目的。それに対してDMは対話を作るのが目的。両者は元々持っている性質が違うのです。
デジタルというものが世に普及すればするほどに、こうした人と人とのふれあいを重視した方法が見直されるようになってきます。何故って、それが商売の原点だから。そして今の時代、ビジネスの規模は昔とくらべると巨大なものとなっています。DMにも新しい技術が反映されることによって、「丁寧さ=質」と「量」という、相反しがちなテーマを共に追求し、両立させることができるようになるわけです。
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