今週も不良債権というフレーズが新聞紙面に登場しなかった日はありませんでした。余談ですが、友人の6歳になる息子はいつまでも嫁にいかない友人の姉のことを「不良債権になっちゃった」と筆者に説明してくれました。6歳にしてブラックユーモアの精神を身に付けた友人の息子に感心したのはもちろんのこと、不良債権という言葉を小学生でも知っていることに少なからずショックを受けました。今や“不良債権”は国民的なフレーズにまで昇格してしまったようです。これほど関心の高い“不良債権問題”ですから、前回に続いて今回も本来のテーマをお休みしてお話したいと思います。
1.資本主義のダイナミズムの機能不全
前回、不良債権はいつの時代も存在したといいました。ではなぜ、この数年そんなに話題になるのか疑問に思う人もいらっしゃるのではないでしょうか?(そう思われたあなたはマネーセンス有り!です。)ひと口に不良債権問題と言っても、時期によって問題視される論点は異なります。バブル処理、ゼネコン処理、債務超過企業の処理。現在論点に浮上しているのは債務超過企業の処理です。なぜそれが問題になるかといえば、前回お話した通り。不良債権、すなわち債務過剰企業の存在が日本経済に資本主義のダイナミズムを発揮させなくなるからです。
負け組み企業が市場から退出することによって勝ち組み企業の利益がさらに上がるといった新陳代謝が活発に行われるのが本来の資本主義であり、資本主義のダイナミズムです。ところが、構造変化に対応できない、つまり市場から退出するべき企業が生き残ってしまうということは、勝ち組み企業の競争力を低下させます。それは本来日本経済を牽引すべき勝ち組企業の国際競争力を弱めることにつながります。つまり不良債権を処理しないで市場から退出するべき企業を生き残したままにすると、日本経済の国際競争力がどんどん低下していってしまうのです。これでは景気回復もままなりません。
そこで「それじゃあ、負け組は退場してもらおうか!」となるのは合理的な選択です。米国や欧州は日本にそう主張するし、彼ら自身そうしてきました。とはいえ、話はそんなに簡単ではありません。市場からの退場はすなわち破綻を意味します。直接金融が主流の米国ならば企業を退場させることは痛みを伴いつつも何とかやれますが、間接金融が主流の日本ではなかなかそうはいきません。
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